復興せよ!後藤新平と大震災2400日の戦い
若きプロ集結涙の誓い 地元福島中央テレビで1月22日(日)午後放送された。
タイムリーな企画だ。関東大震災の復興を推し進めた後藤新平を中心にしたドラマ。
数々の邪魔が入っても目的を忘れない。数々の妥協を繰り返しながらその中で最善を探る。全か無かでは無い粘り強さが今こそ求められている。
「帝都復興」はある意味歴史的事実で、大風呂敷に穴が開きまくって残念な部分があるにしても成し遂げられた。東京が首都でメガロポリスの中心にいる。これが曲がりなりにも成功したのは「帝都復興」だからではないかとひがんでみる。
これが「帝都」ならぬ「東北」ならどうなのだろうか? 同じ日本国内において植民地的扱いを受けている気がする東北。地元民の情報交換の掲示板にやってきて平気で「福島土人」と書き込んでいく変な連中が存在する日本。
出足の遅さ、対策の遅さは思考停止の結果かも知れないが。いくらでも東南アジアあたりから労働力を呼び込めば代替可能という意識が底にあるのではないか?
これからの日本列島は、地震の活動期でどこで巨大地震が起きてもおかしくない状況と学者先生が言っているらしい。ということは放射能を恐れて福島県を脱出しても安全な場所はどこにもない、ということでもある。
福島県で暮らし続けている自分。既に六十を過ぎて放射能の影響を受けにくいというか人生が終わっているような年代というか、だから福島県の現実を見続けたい、と留まっている。他の人の気持ちを探ってみると同じ気持ちの人が多いのに驚くばかりだ。既に子供を育て上げた(子供の成長に関しては)気楽な身の上の人ばかりだから。小さい子供さんがいて留まっている人の心中はこんなに気楽ではないだろう。その不安と迷いは想像するさえ恐ろしい。
この福島、東北を、どう復興していくのか?
除染という目くらまし。政治として最低だ。「夢は見るものじゃなくかなえるものだ」というような驕り高ぶった人間の考えることだろう。
深く思い詰めなければ何となく日常を繰り返してしまう。本とは目の前にある脅威と戦わなければならないのに目にも見えず音にも聞こえず匂いもしない敵。忘れて暮らすことはたやすい。
放射能よりもストレスが悪いと言われている。しかし、そのストレスは、どこから来たのか?そのストレスを与えた側の言う台詞ではない。
除染、この効果は未知数。なのに、強制されている現状。恐ろしい。
効果のほどが定かではなく、除染よりも被爆が怖い除染作業だが効果が皆無ではないところが嬉しい。集合をかけられて近隣住民と親しくなれるという効果は確かにある。
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